2010年3月31日水曜日

「クリエイティブニート」を支える<娯楽としての寄付>の可能性について

世の中にはさまざまな取引形態がある。
「個人/法人、金銭/財・サービス、贈与/交換/貸借」
といったおおまかな区分だけでも、以下のパターンをざっと思いつく。
個人間の金銭贈与
個人間の金銭交換
個人間の金銭貸借
個人間の金銭/財・サービス交換
個人間の金銭/財・サービス貸借
個人間の財・サービス贈与
個人間の財・サービス交換
個人間の財・サービス貸借

個人法人間の金銭贈与
個人法人間の金銭交換
個人法人間の金銭貸借
個人法人間の金銭/財・サービス交換
個人法人間の金銭/財・サービス貸借
個人法人間の財・サービス贈与
個人法人間の財・サービス交換
個人法人間の財・サービス貸借

法人間の金銭贈与
法人間の金銭交換
法人間の金銭貸借
法人間の金銭/財・サービス交換
法人間の金銭/財・サービス貸借
法人間の財・サービス贈与
法人間の財・サービス交換
法人間の財・サービス貸借


さまざまな取引行為のうち、直接的な対価を求めない「寄付」と呼ばれる取引行為がある。

寄付 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%84%E4%BB%98

一般的に「寄付」という言葉から連想させるのは、以下のような対策である。

・飢餓対策
・疫病対策
・教育対策
など

各種NGOその他大小さまざまな機関があり、巨大で有名なところでいえば、マイクロソフト創業者のビルゲイツが運営する財団が挙げられる。
The Bill & Melinda Gates Foundation
http://www.gatesfoundation.org/Pages/home.aspx

さて、前置きはこのくらいにして、結論から言えば、以下の通りである。

「饑餓・疫病・教育対策だけでなく、娯楽としての寄付もしくは人的リソース最適化としての寄付の可能性をもっと広げられないか」

つまり、ある種の「社会的義務感」から行われる寄付だけではなく、ある種の「楽しみ・ゲーム・娯楽」として寄付を行ったり、クリエイティブな人々に金銭を贈与することで費用対効果(たとえば作品)の高くなる寄付もあるのではないか、ということである。

具体例を挙げると、ホームページやニコニコ動画などに文芸や音楽や映画などの芸術作品を無償公開するクリエイターや、プログラムを書いて公開したりウェブサービスを無償で運営するエンジニア・プログラマや、その他金銭的対価を得ることなく作品やサービスを生み出す人々を支えるための寄付というものがもっとあっていいのではないか、ということである。

確かに「寄付することで作品を生み出すモチベーションが下がる」可能性も否定できない。

「振り込めない詐欺」という面白い表現がある。
振り込めない詐欺とは (フリコメナイサギとは) - ニコニコ大百科
http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%8C%AF%E3%82%8A%E8%BE%BC%E3%82%81%E3%81%AA%E3%81%84%E8%A9%90%E6%AC%BA

要は、お金を払いたくなるレベルの作品を作っているにもかかわらず、クリエイターは金銭的な対価を受け取らない、という現象を指している。これはクリエイターがモチベーションを保つ方法としてやっているのかどうか分からないが、お金を受け取ることで慢心して、作品を生み出すモチベーションが下がるクリエイターもいるだろう。

しかし、一方で、寄付で作品を生み出し続けるクリエイターもいるだろう。そういった人々を支える寄付というのは、「一種の社会的義務感」からではなく、自分がクリエイターの生み出す作品を楽しむため、つまり娯楽を継続する一環として寄付を行うことになる。

こういった娯楽としての寄付がもっと盛んに行われると、寄付だけで生活する無職のクリエイターが現れるだろうし、現に昔から「パトロン」のおかげで生活するクリエイターがいた。職業的にはいわゆる「ニート」と呼ばれるものになるのだが、単に何も作品やサービスを生み出さないニートではなく、優良な作品やサービスを生み出すクリエイティブなニート、いわば「クリエイティブニート」と呼ばれる層である。

クリエイティブニートに継続的に寄付することでクリエイティブニートは生活でき、そのおかげで生み出された作品やサービスをまた楽しめる、そういった好循環がいろんな場所で起こってほしいと考えている。

では、そのような好循環を生み出すにはどうすればよいか。
具体的な方法については別エントリーでまとめることにする。